全米学生フェザー級王者を連覇するなど関学ボクシング部が誇る偉大な先輩 納谷誠二様が8月9日、療養中のホノルルの施設でご逝去されました。83歳でした。
告別式は9月12日(月)午前11時からホノルル市内で、埋葬は午後2時15分からダイヤモンドヘッド記念墓地にて執り行われます。
納谷先輩は1951年(昭和26年)に関西学院高等部を卒業し、関西学院短期大学に入学。
その年の11月の全日本選手権においてフェザー級チャンピオンとなりました。
その後ハワイに移住しハワイ大学に入学。1954年(昭和29年)、1955年(昭和30年)と連続で全米学生選手権でフェザー級チャンピオンとなり、日系人として初めて最優秀選手賞を獲得する快挙を成し遂げられました。
ハワイ大学卒業後はウィスコンシン大学経済学博士号を取得。ハワイ大学経済学部教授等を歴任し、ハワイ州政府において観光行政のトップである産業経済開発観光局長を務めました。1980年にはアジア開発銀行のチーフエコノミストに就任しアジアの開発問題に関する研究の促進などに尽力されました。
2007年(平成19年)には関西学院大学より名誉博士学位を授与されました。
納谷先輩はボクシングのみならずハワイ、アジアにおける経済産業の発展等においても大活躍された関西学院が誇る偉大な先輩です。
関西学院大学ボクシング部現役・弦拳会一同、心からご冥福をお祈りいたします。
写真は「2007年10月15日 名誉学位贈呈お祝い会」です。